今まで楽しい時間をありがとう!

7月11日に猫が逝ってしまいました。

体調を崩してから1カ月、何度も頑張ってくれたけど残念ながら乗り切れませんでした。

流動食を食べて立ち上がろうとしてたと思ったら翌日にはぐったり。それを3回ほど繰り返してました。

希望を持ったり、落胆したりを繰り返して。それでもまた回復してくれると信じていたのです


前日までは元気だったのに

前日まではシリンジからご飯を食べていました。もっとちょうだいというばかりにシリンジにかじりついていました。

歩けないのに一生懸命立ち上がろうとしていました。支えてあげると喜んでヨロヨロ歩き回っていたのです。

それが翌日になるとぐったり。声をかけても反応がありません。しんどくて首も持ち上げられません。

いつものように病院へ行ってステロイド注射と点滴。帰ってきてもぐったりしたまま昏睡状態です。

目を閉じたまま。お腹の動きで息をしているのがわかるような状態。

それでも何回もそんな状態を乗り越えてきたからきっとまた明日になれば戻るに違いないとかんがえていました。

最期はいきなりやってきた

お昼ご飯の後、家族がみんな揃っている時に急に息が荒くなってきました。なんだか心臓をキュッと掴まれていつような絞り出すようなひきつけです。

なんか様子が変!病院に連絡しなくては。と見守っていると大きく後ろ足を2・3回蹴り飛ばして逝ってしまいました。

瞳孔が開ききっていてしっぽがバンバンに膨らんでいて、お腹が動いていません。息が止まっているんです。

病院へ連れていって蘇生措置をしてもらったけどダメでした。

幸せそうな寝姿

もっとひどい痙攣をなんども起こしていたから、最後はあまりにスッと逝ってしまいました。

先生に次の痙攣で亡くなってもおかしくないと言われていたけれど、それにしてもあっけなかった。

自宅に1日安置したのですが、今にも起きてきそうに見えました。硬直して冷たくなっていましたが毛並みはツヤツヤで笑っているかのようです。

翌日ペット霊園へ連れて行きました。お花に囲まれて六文銭と数珠を握ってる姿はなんだか幸せそうに見えます。

心の区切りをつけるには時間が必要

お葬式もお経もひとのお葬式とおなじ。この儀式は送る側の人間のためのもの。ちゃんと送ってあげたという心の区切りをつけるためのもの。

1カ月の闘病期間のうちに何度も良くなったり悪化したりを繰り返して、死を受け入れる準備をしていたようです。

看病をしながらそれでも良くならなくてダメなのかもしれない。という現実を少しずつ受け入れることができたんだと思います。

1カ月の時間は猫ちゃんが私たちにくれた時間です。お別れを受け入れるための時間。そのおかげで家族はちゃんとお別れができました。

今は悲しいけど1カ月前より心は落ち着いています。

やることをやったという自己満足な納得がないと心の区切りがつかないものです。

今までいっぱい楽しい時間をありがとう。向こうでもみんなに可愛がられますように。


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